白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

終わっちゃった…「キングダムハーツ」

今週のお題「やり込んだゲーム」

 



気持ち次第

世の中、ショート動画や倍速視聴があふれている。
そんなに時間を圧縮していったい何を急いでいるのだろうと思わなくはないけれど
一方でその費やしている先が、特にしなくてもいいことだったりして
結局、それはどう感じるかの、本人の気持ち次第なような気がした。

キングダムハーツ

昔、自分もゲームばかりやっていた。
1日10時間というのはゲーマーのなかでは大した数字ではないんだろうが
小学校、中学校を通して10時間もやっている人はなかなかいなかった。
走って家まで帰って、プレイステーション2の電源ボタンを押すと
ファンか何かの音が部屋の中にゆっくりとなり始めた。
どこかから拾ってきたテレビの電源をつけると
おおよそ30秒くらいかけて画面が徐々に表れてくる。
ゲームの始まりであった。

キングダムハーツ」は
ファイナルファンタジーでおなじみのスクエアエニックス
世界的に有名なディズニーがコラボレーションした作品である
というわりには知名度がめちゃくちゃ高いわけでもない気がするが
とにかく、当時はこれが好きだった。

小学校に入ると、しばらくはマリオワールドを俺は冒険していた。
イカと戦い、最後はカメと戦った。
そんな太陽の眩しい世界を冒険しているところに現れた
このゲームは俺に闇と光のコントラストという何ともカッコイイ幻想を与えた。

キングダムハーツというゲームは3になって現在
よく分からないストーリー展開をしているのだが
実際、1のストーリーはまとまっていて
全体的にちりばめられたミステリアスなフィルターが
世界全体をグローのように輝かせていた。

世界の終わりが近づいているころ
自分の故郷さえも闇にのまれた少年が
ディズニーでおなじみのドナルドとグーフィーとともに
さまざまなディズニーワールドを旅して
最後には闇を討つというお話である。

世界の終わり
選ばれし者

ライバル
ヒロインなど
マリオワールドでは味わえなかった要素が
次々と舞い込み、俺はその世界に夢中になった。

キングダムハーツは1以降もさまざまなコンテンツを生み出した。
キングダムハーツファイナルミックス
キングダムハーツ2」
キングダムハーツ チェインオブメモリーズ
キングダムハーツ2ファイナルミックス+」

ファイナルミックスという物語上はほとんど変わりないが
音声を英語にしてちょっと追加要素を入れるという商法に
なんだか変な感じはしたが、すでにファンとなり果てていた俺には関係なかった。
自分自身が世界を救うため、ゲームのスイッチをオンにした。

打ち止め

ゲームの手が止まったのは
キングダムハーツ2ファイナルミックス+」のシークレットムービーを見た時だった。
シークレットムービーとは特定の条件を(とても厳しい条件を)クリアして
エンディングを見たプレーヤーだけが見られるものである。
今ならばYoutubeで検索するだけで見られるのだが
当時の俺はパソコンすら持っておらず
ゲームの中の特定の条件とやらを満たすしかなかった。

レベル上げも、度重なる挑戦も行いその果てに
美麗な、そしてボリュームのあるムービーが流れた。

そして、その世界で果たすべき目標を失ったのだった。
そう、キングダムハーツは、「キングダムハーツ2ファイナルミックス+」を
発売して以降、しばらく間が開いた。


その次にリリースされたのは3作品である。
キングダムハーツ バースバイスリープ
キングダムハーツリーファイブエイトデイズオーバーツー」
キングダムハーツ コーデット」

驚くべきことに、この3作品はすべてハードが違った。
コーデットにいたっては携帯アプリだった。

俺の体も幾分か成長し、高校生になったころ
うち2作品をようやくプレイすることになった。

ナンバリングが2から3になっていないということは
3作品も出た割には、2の続きではないということである。
実際、時系列的につながっているのは「コーデット」のみで
ほか2作品は過去の話となっていた。

しかし、2作品とも俺の期待には応えてくれた。
DSをわざわざこのために購入した俺だったが
その粗い画質に最初は戸惑いながらも自分の頭で
声や画質を補い、どんな展開になるのだろうと毎夜想像して過ごしていた。
そして迎えたエンディングで胸を痛めた。

結末が既に決まっている物語があるのだということを
キングダムハーツで初めて知った。
どれだけ起伏があろうとも最後には自分の知っている状態にいきつくのだと。

そして、また物語は打ち止めにあい
数年の時が流れた。

一体どういうことなんだ
気色が変わってきたのは
その次にリリースされた「キングダムハーツ ドリームドロップディスタンス」からである。
この作品、とにかく分かりにくかった。
時系列的には、これまた
「2」→「コーデット」→「ドリーム(略)」になっているのだが
最初の辺りから何をしているのか分からない。

趣旨としては、夢の世界にいって鍵穴を…などと説明されているが
これまでのように全然分かりやすくないのである。

え?夢の世界って何?

友達を助ける!
闇を倒す!

…のようなダイレクトな目的ではなく
何かよく分からない目的のために旅に出た俺は
ダブル主人公体勢で物語を進んでいった。

因みにこの作品のハードも変わっていた。
3DSである。俺はこのために3DSを購入した。

終盤、主人公の片方が、もう一人の主人公の悪夢の中を旅していた…
そして服の紋様が表す通り、今回のエネミーたちと同じような存在になっていたのだ!
というような展開があるのだが分かりづらかった。
確かにおおっ!とはならなくはないのだが
ちょっと複雑で直情的ではないのである。

いや、考察のための頭を回していなくて
そこが浅はかだと言われてしまえばそれまでだが
これまでの作品群と比べて何か急に話の構造が入り組むようになってきていた。
そうして、次回作が3になるというところで、終わった。

最新作へ


スマホゲームでは最古の物語というものが
これまた展開されていたのだが
スマホゲームまでしない俺はどうにもファンかどうか既に怪しかった。

これまでキングダムハーツは、いくつものハードを渡り歩いてきた。
PS2
ゲームボーイ
PSP
DS
3DS
モバイル
スマホ

ディレクターは意図をもってやっているということだが
あまりその意図がファンに伝わっているかは微妙である。
そのところを察してか、3の発売前には盛大に
詰め合わせソフトが発売されていた。
これまでのエヴァ的な感じである。
そう、新劇場版Qからシン・エヴァまで時間がかかったのと同様
キングダムハーツも2から3までかなりの時間がかかっていた。

そして、発売された。

だが、俺はもうそれを心から楽しめなくなっていたことに気づいた。

美麗になったはずのムービーシーンや戦闘シーン
自由度のましたはずのキャラクターたちの動きが
かえって過去の作品たちよりも不自由に感じてしまうのはなぜだろうか。
ボスと戦えそうで戦えなくて、終わっていく各ワールドの物語に
煮え切らないものを感じるのはなぜだろうか。

そして、やはり分かりづらい物語である。
シンの十三機関なる敵の復活も急であったし
終盤の絶望も急であった。
伏線めいたものが数多く過去の作品にはあったが
その回収には多くの時間が使われず
どっちかというと新たな伏線のようなものがちりばめられ
「?」マークが俺の頭には浮かんでいた。

寝床で夢みていた「キングダムハーツ3」は夢にあふれていたが
反面、現実でこの手にある「キングダムハーツ3」は
何か、リソースが割かれていない未完成品のようで
俺は終盤も乗り切れない心のまま、エンディングを迎えてしまった。

過去作でバッドエンディングを迎えたキャラクターたちに救いはある。
だが、その救い方に雑なものを感じなくもなかった。

おまけに、クリアしたあとに「リマインド」なる
大規模ダウンロードコンテンツが出され
そちらには少し思い描いたような
過去の主人公たちの共闘があるというのだから
納得がいかなかった。
「リマインド」がリリースされたころ
もう、俺の手元に「キングダムハーツ3」はなかった。

もう俺は社会人になっていた。
時間がたちすぎてしまったのだろうか。
それは自分が?
それとも制作陣が?

変わらない昔の気持ちでいられたならば
キングダムハーツを楽しめたかもしれない。
だが、俺はまた大切なものを失ったようである。

失ってばかりの社会人生活の中で
そういうものさえも消えてしまったのだった。
ノーバディである。

現在は無職として絶賛ノーバディをしている。
ノーバディは毎朝6時に起きて
それからしばらく布団にもぐって気づいたら夕方になっている。

だが、間もなく8月も終わりだ。
そして、無職も終わりだ。

俺の夏休みは、終わった。