予定した面談の時間まで残り1時間20分。
私は2つのブログ記事を更新し、久しぶりに自分のブログ記事を眺めていた。
すると、基本情報技術者試験関連の記事がいくつか存在したのを見かけた。
私は基本情報技術者試験と応用情報技術者試験の両方に同じ年に合格した。
だが、応用情報技術者試験については記事にしていなかったようだ。
飽きてしまったのだろうか?
夏の初めに私は帽子をかぶって法要をした。
法要の場にいた従姉妹は今年大学生だった。
彼女はどうやら情報系の道に進んだらしい。
彼女は大学生らしく基本情報技術者試験の取得を目指していた。
私はしたり顔で「応用情報持ってます」と言った。
しかし私のこの資格がどこかで評価されたことは、社会的にはない。
このような会話の節々で「合格しました」ということはある。
どうやらこの資格はどや顔専門なのだろうか。
私は確かに基本情報と応用情報の2つを同じ年に突破した。
このように書くと何かすごいことのように感じられるが
事実としては基本情報にそれまでに2回落ちているのだ。
ドのつくほどの文系であり、勉学の才能もない私は
社会人1年目の夏に開催された基本情報を受験した。
私は勉強していったが午後問題には持っていたシャープペンシルを動かすこともできなかった。
できないときは、問題が何を言っているのかもよく分からない。
それを痛感したのだ。
そのような状態で基本情報合格まで変わったのは
何も勉強量を重ねたからではなく
そのころの私が実際にプログラムのコードを書くようになっていたというのが大きいだろう。
問題文に記載されていることの大体の意味も
なぜそのようなことがしたいのかも
実際にプログラムコードを記載する中で
なんとなくなじみが出てきたものだった。
別にそこまで余裕の合格というわけではなかったが
無事、基本情報自体は突破することができたのだ。
そうしたころ、私はすでに応用情報の勉強も始めていた。
誓って言うが私は勉強家ではない。
応用情報の勉強を始めたのは同期社員に勉強家がおり負けたくなかったからだ。
ライバル的な存在がいることはありがたいことだと思った。
そのころの私は会社を辞めて、ちょうど知り合いの会社の物置に住んでいた。
やることは勉強か、転職活動か、たまに遊ぶかの3択である。
私は問題の意図が理解できず、ブチギレて問題集を何度か壁に投げつけた。
こんなことをしている時点で私に情報系の才能はない。
とにかく私は教本とサイトを見つめ続けた。
午後問題は選択式なのだが、私が狙いを定めて挑戦したテーマの問題は
さっぱり分からなかったため、当日変更をすることに決めた。
こんな投げやりな戦い方は本来行うべきではないのだが、運も味方したようで私はそれを突破した。
合格発表を見て私は喜んだ。
喜んだがこの喜びを共有する相手もいなかったため
同じく以前自分の合格を発表してくれた人に送ってみた。
相変わらず薄味の対応が返ってきた。
誰にでも優しいのは誰にも優しくないことと同じだ
という
分かるようで分からない名言が私の中でこだました。
とにかく応用情報に合格した私は翌年データベースか何かの高度試験に挑んだが
あまりやる気を出し切れていなかったこともあってか普通に落ちた。
そうして別に資格なんていらないか…となり今に至る。
私の会社ではどんなすごい資格を持っていても基本的に評価にはつながらない。
学歴も資格も関係ないのだ。
ある意味、夢のある話だった。