不合理なことの連続は、時に過酷なことの連続よりも疲れる。
緩慢な業務は、時に迅速なる業務よりも疲れる。
久しぶりに土日が恋しかった。またうすら寒いコンクリに囲まれるくらいなら家に引き込もっていたほうがマシだと。
「東京ラブストーリー」を見てパソコンを触っていた。主人公の感情が常にブレブレなのに最終話でスッキリした顔をしているのは、なぜだ。
こういうものを見ると恋愛に使うエネルギーの果てしなさが思い出されるような気がして、俺は、考えるのを辞めた。
この日は、オンラインで後輩たちと話す日だった。珍しい、人との会話だ。
とはいえ、俺は久しくこんな状態であるからこのオンライン会話は本当に、本当であるか、怪しかった。
俺はもしかしてなにもないブラウザ画面に向かって話しているだけで、そこに相手なんてものはいないんじゃないかとさえ思う。
他人に観測されていない自分を肯定することはできない。それはどこまでも夢のようである。
電子媒体とどこまでも続いていくこの世の中では、何もかもが形を失っていっているように思える。
紙はコストだ。判子もコストだ。
人間は…なんだ?コストコか?
真夜中に、そのオンラインは終了した。
終わったあと、そこに残ったのは自分一人だった。
YouTubeを見ると更新通知が来ていた。俺はそれを再生し、終了する前に眠りについた。