ボケるとは恐ろしいことである。
だが、人間は所詮、魂ではなくて脳で動いている。
脳が老化するのは、しかたないことであり、それは必然なのであった。
俺はたぶん、きっと、あまり上質な脳は持っていない。
昔から筆記テストなんてものは得意じゃないし
教えられても全然できない。
「コツをつかむ」などと言う言葉とは最も縁遠いところにいる存在だった。
そして今日、財布を忘れたと俺は思った。
自動改札機の前で数秒立ち止まる。
通勤時間帯で小走り気味の人々が俺を追い越していく。
財布にはパスモが入っている。
パスモには定期券が登録されている。
片手にはスマートフォン。
スマートフォンにはモバイルスイカが登録されている。
定期券を使えば0円で会社に行くことができるが
財布を取りに帰らないといけない。
スマートフォンを使えば財布を取りに行く必要はないが
その分の料金は自分で払うことになる。
さて…。
俺は…。
財布を取りに帰ることにした。
膝がきしむ。
朝早い、冬の空気が冷たい。
何とかマンションにたどり着いて、俺は扉を開けた。
財布がない。どこにもない。
服の中のしまいっぱなしになっているのだろうか…。
と思ったその瞬間、俺はズボンのポケットに膨らみを感じた。
ああ…。
財布は…、ずっと、ずっとそこに――…。