白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

字幕という職業について考える

 

 



字幕というものをご存じだろうか。
テレビとかで出ているカラフルな文字や
YOUTUBERが多用しているやつ…ではない。
あれはテロップという。

では、字幕というのは何かと言うと
いわゆるクローズドキャプションというものである。

テロップのような視聴者の意思に関係なく表示されているものは
常時開放されていることから「オープンキャプション」という。
では、視聴者が自らの意思で開示するものは?

リモコンに「字幕」というボタンがついてるものを見たことがあるだろうか。
字幕対応番組においてそのボタンを押すと
なんと、日本語が表示されるのだ!

これが字幕、クローズドキャプションなのだ。

さて、それを作る職業というものが存在する。
それがキャプションライター、かっこよくいえばその人だ。
昨日までは一応、俺はその所属だった。

字幕。

字幕について、今回は時効ということで
また、外で雨がまだ強いということも会って外出する気が起きないので
今回は書いてみたいと思う。

●字幕制作について

字幕についても代別すると2種類ある。
完パケ字幕
・生放送字幕

まずは収録済み字幕について考えていこう。

●収録済み映像への字幕付与
既に収録が終えられてテロップなどもすべて編集された状態のものを
完パケ(完全パッケージメディア)などと言ったりする。
それに対して特殊なソフトで字幕データを作成していくのが
収録済み映像への字幕付与業務だ。

驚いたことに字幕を作成するためのソフトというのは
複数存在する。
一体こんなニッチな世界にどんな需要があって
ソフトが細分化したのかは分からないが
微妙に互換性がなく、また、使い勝手はよくないものが多い。

映像素材を取り込むと
簡単な操作で再生や一時停止、またスキップバック/フォワードが可能であるので
それをイヤホンで聞きながら、字幕の色や位置を指定して
字幕データを作成していく。
GUIとしてアプリとして、直感的に操作できるため
特別なスキルがなくてもこの字幕制作のソフトを触ってくことは可能である。

字幕データを作成すると、次は納品作業に入る。
この辺りは字幕を扱っている会社にもよるのだと思われるが
自分の場合だとお客様先の担当者とおともに
出来上がった字幕と映像を同時視聴して
校閲チェックのようなものを行う時間が発生する。

そのチェックを終えて晴れて納品となる。

ちなみにこのチェックは、普通に映像を一本丸ごと見ないといけないので
映画や長編番組を担当した場合
内容に興味がないと非常に眠くなる。

●生放送映像への字幕付与
さて、収録済み映像への字幕付与を読んだ皆さんは
どんな感想を抱いただろうか。

「簡単そうだな」と思わなかっただろうか。

確か操作と制作に必要なスキル自体は大したことはない。
日本語が使えて、音声が聞こえるのであれば
あとはタイピングができれば字幕データを制作することは可能である。
日本語をどう表記するかはルールが存在するものの
それも覚える、あるいは調べることで解決できる。

しかしながら、生放送映像への字幕付与は過酷である。
こちらの過酷さは収録済み映像への字幕付与とは比較にならない。

前もって記述しておくが
生放送映像への入力方法もいくつか存在する。
一番よく聞くのは特殊なキーボードがあり、それを使うことで入力していくというものだ。
ステノボードなどと呼ばれているあの特殊なキーボードを扱うためには
長い訓練の期間が必要であり、より専門的な能力になってくるため
あの方法を用いている会社は一部だと思われる。

ほかには実際の音声を聞いて
より正しい発音で機械に読み込ませるリスピークなどがある。

そして、俺が担当していたのは
方法としては超シンプルで通常キーボードで入力していくという方法だ。
汎用性という意味では一番強いものであった。

入力は3人のリレー方式で行い
また入力中の間違いを修正するため
指摘役の1人を後ろに配置し、合計4人チームで業務を担当する。

業務の流れとして以下のとおりである。
1.受注する
2.受注した番組の情報を前もって調べる
  お客様先から情報をもらえることもあるが
  基本的にはあいまいな情報しか届かないので
  自分たちで使われそうな用語などを調査する
3.調査した単語などを単語登録する
4.番組当日に放送局へ実際に行く
5.担当者などと打ち合わせ
6.番組開始と同時に業務開始

驚いたことに字幕入力者が番組を見るのは
視聴者と完全に同時である。
かつ、もらえる情報も視聴者とほとんど変わらないことが多い。
台本が配られる番組もあるが
スポーツなどの場合は、ほとんどその場で情報を受け取るしかないのである。

入力中は一瞬のミスが命取りになり
なおかつ、そのミスがほかのメンバーにも直接影響するため
緊張するという優しいものではない殺伐な世界が待っている。

映像も確認しないといけない
自分が打っている文章も確認しないといけない
そして台本やその他の情報も確認しないといけないとなると
もう何をどう見ていいのかまったく分からないのである。
また、この生放送字幕でも当然日本語表記のルールがあるので
単に打つのが速ければいいというものではない。

またもう一つ厄介な点がある。
それは番組によっては話しているのが誰かということを明記する必要がある
ということだ。

例えば
山田>今日は楽しかったよね。
田中>明日も行きたいな~。

…のように、文字面で単に文字を送ると
誰が何を話しているのかが分からないため
そのセリフをだれが話しているかを指定する必要がある。
これはどういうことかというと
字幕制作者は文字を打つだけではなく
今それを話している人の声色を聞いて
その人が誰かを特定したうえで入力する必要があるということだ。

あまり怖く感じないだろうか?

例えば、AKB48が番組に出ていたとしよう。
どうだろうか?
絶望しただろうか?

●字幕会社
字幕というものの業務をざっと書いたところで
字幕を扱っている会社というものに関しても考えたい。

当初、就職活動をしていた俺が
字幕について調べたとき、ほとんど情報は出てこなかった。
しかしながら字幕を作っている会社というのは案外多い。

知っているだけで10近くの会社があった。

そして会社によって体制などが異なるそうだ。
その昔は、字幕各社が技術の発表会に集まるという場面もあった。
どの会社だから字幕に個性が出てくるというものではないと思われるが
字幕のルールについては、かなりあいまいなものも多く
いまだ標準化されなていないというも多いのである。

●男女比
男女比についても特筆すべきであると感じたため
ここで記しておきたい。

字幕は女性社会である。
少なくとも自分がいた職場の自分以外は女性だったし
また、部署全体で見ても男性は5%くらいだった。

なぜ女性が多いのかは定かではない。
一説によれば「女性のほうが、そういうの得意やん?」
というふうに伺っているのだが
そんなあいまいな理由にしてはパーセンテージに
偏りがありすぎるのではないだろうか。

思うに後述する「つぶしが効かない」というのも
関係しているのではないかと思う。

とにかく女性職場であるので
女性が働く場所としてはそこまで悪くないと思った。
因みに自分が男性だからといって
損をしたことも得をしたことも特になかった。
強いていえば、パソコンを運ぶとかを何度かした。

年齢比については
若手とシニアが二極化していた印象があるが
これは自分の会社だけかもしれない。

●在宅と字幕
今しがた「字幕」とインターネットで検索すると
「在宅」という言葉がサジェストに出てきた。

なるほど、音を聞いて文字を打つというだけならば
確かに在宅でできるという印象はある。

実際、クラウドワークスなどで出てくる求人は
在宅でできるものだろう。

しかしながら、そういう求人は字幕というよりは文字起こしが多い。
字幕は納品でチェックが入るため
そこにはどうしても人員を割かないといけない…らしい。
そこを分業してしまえばいいのではないか?
と思うのだが、前の会社ではそこがどうしてもできないらしかった。
そこにロジカルな理由がなかったため、これも取引先に関係しているのかもしれないが。

だからといって在宅が100%できないわけでもないらしい。
字幕の在宅が難しいのは
「未放送の番組映像を自宅で扱える人間がいるのはまずい」
というところもあるので
会社のパソコンにリモートでつなげて
そこで作業をすることで
会社で作業をしているという体のリモートを
理屈上可能にしている職場もあった。

これは在宅の仕事が成立している。
ただし、字幕を挿入するタイミングというのは非常にシビアであり
10フレーム単位で扱われることもあるので
電波によって遅延することもある在宅では
望まれないことも多かった。

●字幕とAI
字幕をやっていて、なんとなく直面する問題は…
あるいは、外から見ても直面する問題は…
「AIがやればいいんじゃない」だ。

実際、生放送字幕の文字を
リアルタイムで打っている人がいるなどと
誰が思っているだろうか。

聴覚障害もなく字幕をオンにしている人がそもそも少なく
さらに数秒の遅延がある生放送字幕など
気にも留めない人のほうが多い。

「あんなの機械があればいいじゃない!」
そう思う人のほうが多いだろう。

AIを活用すればいいじゃない
という当然のアイデアは実際に字幕の界隈でも実行されている。
技術の開発、音声認識によってある程度の成果が出されている。

とはいえ、正答率90%以上をたたき出されているのは
ニュース番組などの原稿があって、かつ、話し手が一人の場合がほとんどだ。

バラエティやレポート番組になるとその精度は壊滅的に落ちる。

以前イチローの記者会見に対してAIが字幕を表示するということがあったが
その時の結果はさんざんで
「ファンの存在なくしては」→「パンの存在なくしては」など
文章が壊滅的になる有様であった。

現状の字幕が人の手を何重にもくぐって
正答率100%を目指しているのに対して
AIが叩き出せるのはせいぜい60~90ということである。

よって、AI化が行われるのはまだまだ先…
というのが現場の考え方だが
それでも市場の収縮、AIに取って代われる職であることに間違いはない。
その場合はもっと上流の工程に移動するというのが現場管理職の考え方だが
職人が突然、建築士になるのは不可能であると思われる。

●手話通訳はいらないのでは?
字幕をやっていると
「それだけ字幕やってるなら、あの手話のやつ
 いらなくない?」
という声をいただく。
こういう意見はむしろ冷静に物事を見るタイプの人に多く
構造の穴が自然と見えるのだなあという印象を持つ。

このことについて語る前にテレビ番組には
3つのオプションがあるらしいというのを
ご存じだろうか。

それが字幕放送、解説放送、手話放送である。

字幕放送が現在、最も普及しているが
実は解説放送や手話放送というものもある。

解説放送はよく知らないが
視覚障碍者向けの配慮であると伺っている。
サザエさん」についているのを確認したことがあるので
興味のある方は聞いてみはどうだろうか。

一見、役割がかぶっているように見える手話放送。
なぜこれがわざわざオプションとしてついているのかといえば
手話者の中には文字が分からない方が一定数以上存在するからである。

聴覚障害のある方の中には
文字の教育を受けず、手話をメインの言語として育っている方がいるので
その方にとっては日本語が第二言語ということだ。

私たちがスワヒリ語で話されたときに
通訳が英語で話しかけてきたら
若干はわかるが、わかりづらいのはわかりづらい。

できれば通訳には日本語で話してほしい。
そういうことだ。

ここから深堀すると手話の話題につながるのでやめておく。

●転職でつぶしがきかない
俺が字幕という職、前の会社を辞めた理由はここにある…かもしれない。
実際、自分が辞めた理由については別途考察しようと思うが
ことビジネス、社会的な観点からすると転職でつぶしは全くきかない。

字幕を通して得られるスキルは
タイピング能力や、校閲能力である。
生放送字幕の経験がある人間の場合は
収録済みだけやっていた人の何倍も過酷な状況であるため
状況判断能力や臨機応変能力が優れているとも思われるが…
そのすごさを説明するのはかなり困難であるため
結局のところ「伝わりづらい」というのが大きい。

タイピング能力は、今やデジタルネイティブ世代なら
当然のように持ち合わせている能力になった。
タイプライターを打てるだけで困らなかった時代とはえらい違いである。

そして校閲能力というと、まあ、相当のことがない限りは
基本的な日本語能力で足りてしまう。

相当、人に関心を持ってくれる人事担当でなければ
「特別な能力なし」の烙印を押しかねない。

字幕という業界の天井が狭いこともあるが
この業界で年齢を重ねてしまえば
いざ、抜け出して別の職に身を移そうと考えたとしても
「もう遅い」となってしまうリスクが非常に高いのだ。

第2新卒のような(正直この言葉はよく分からないが)
扱いもされず、ただただ字幕をやってきた人間として見られてしまうと
もう別の字幕会社に行くくらいしかアテがなくなってしまうのである。

実際、自分も面接時には字幕の話題になることは
自分が話している自己紹介の時くらいで
その後の質疑応答にはみじんも出てこない。

●それでも、やりがい
自分は、大学時代、さまざまな形で聴覚障害のある方とともに活動してきた。
時には敵対し、対立し、時には協力し、やはり対立した。

別にそのそれぞれに恩を強く感じているわけじゃないが
そういう環境において自分が変化したことというのは確かに感じており
何か、ずっと頭の中に何も浮かんでこなかった俺にできることとしては
そういう環境そのものに何かを返すことだと思った。

そしてその形の一つとして、今回は、字幕を選んだということだった。
入社したばかりはまだ見ぬ字幕の現場に憧れをよせ
絶対に入るんだ、と言わんばかりに
自分をアピールして怒られることもあった。

こうして3年が流れた。
この業界がどこまで続くのかは分からないし
少なくとも華やかには見えないため
志望してくる若者もそんなに多くはないと思われる。

(でも、キャプションライターを養成する学校があるのは知ってる)

つぶしが効かないので、最終的に扶養してくれるパートナーがいないと
やっていられないのではないかと思うが
それでもやりがいはある。

全国に自分の作ったものが流れるというものは
人によってはすごい、感じられるものがあるようで
同期社員は、それを自分で見返しているそうだ。

俺は全くそんなことはしなかったため
きっと、字幕そのものに関心はなかったのだろう。
字幕は単なる手段であった。
では、次なる手段は?

俺は…次は何をするのか…?