白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

もうだめだ

 



腹が減った。
会社を出ると、やはり夜になっていた。
日が沈むのは、昔思っていたよりもずいぶん早いような気がする。
たぶん5時を回ったころには太陽はほとんど沈んでいて電灯がともり始めている。
17時くらいにそれということは、お昼が12時で、その間が5時間しかないということになる。
人間は5時間でどういう活動をするのだろうか。

腹が減った。

お昼ご飯を、しばらくの間食べていない。
食べられないというわけではないが、昼くらいしか自由に時間を使えないということになると
その時間は、家ではあんまりやる気にならない勉強にあてたりする。
それに弁当を作っていくにしても、俺の作る弁当の味はあんまりおいしいというわけでもないし
目の前のパソコンや、うすら寒い職場の空気を感じながら食事をするというのもなんだか気に入らなかった。
しかし、そんなことをしていると、それから6時間ほどは勤務しているのだから、腹が減ってくる。

小さなビルを出ると、目の前には対照的に大きなビルがそびえていた。
いや、これだって東京のビルの中ではそこまで大きいほうでもないんじゃないか…。

おなかのあたりを触ってみると、消費された脂肪が消えて、その下の腹筋の形が浮き出ているのが分かった。
筋肉が発達しているわけでなくて、いうなれば火葬したあと骨が出てくるのに近い、脂肪の下に筋肉があるのは当たり前のことだろう。

昔、自分が太っていたころは、食事している最中に自分のからだが大きくなっていっているのが分かった。
今は、ふと気づいた瞬間に、自分が痩せていっているのが分かる。

マスクなんてもう、外したい。
走って、息を切らして帰る。
はやりのオーバーサイズの服を脱ぐと、少し心配になるような体をした男性が立っていた。
どうやらこれが自分の体らしい。

その体は、なぜか、亡くなる少し前の祖父に似ていた。
祖父も亡くなる少し前には食事をとらなくなっていた。
その代わりアルコール、アルコール、アルコールに次ぐアルコールを摂取しており、暴走を繰り返していた。

俺は食事の代わりに別の何かを摂取しているというわけではないけれど
代償となるものがないというのは、そのほうが危ないような気もする。

何かをなくすということは、引き換えに何かを補填しないと
自分の中に供給されるものの総体が減ってしまうということを意味している。
それでいいのだろうか。

生物として見たときに、それはよくないような気もする。
そして、また、人間に魂というものがあるのなら、それにもよくないような気もする。

息苦しい。
マスクを思い切り捨てた。

渋谷駅のホームで電車到着のアナウンスが鳴る。
マスクのせいで朦朧としていた自分の足元に空き缶が転がってきた。

金ぴかに光るラベル、ビールだろう。
そういえば渋谷では路上たばこ、路上飲食、路上喫煙上等だという風に人々が闊歩している。
家でやれ、家で。
一人で道で食ってるやつ、あいつは何のためにあんなことをしているんだ。

一日一善…できたらいいかもしれないけど、人の目があるところでそういうことをするのは、何やら恥ずかしい気がした。
しかしさすがに足元に当たった空き缶を捨ておくのは、微妙な気がして、俺は空き缶を拾い上げた。
しばらく先へ進むと、自動販売機があった。
そして、その隣に空き缶入れがあった。

俺は空き缶を入れた。

空き缶入れは左右から缶を入れることができるようになっており
俺が右の穴から空き缶を入れると、左の穴から別の空き缶が飛び出してきた。

「あっ…あっ…」

結局、俺は俺が拾い上げた空き缶とは別の空き缶を再び拾い上げて
別の缶が飛び出してこないようにその缶を入れるのだった。

別の缶だけに、俺がゴミを発生させたみたいになっているのが腹立たしい。

なぜ捨てるのか?
なぜ路上喫煙するのか?

誰かがやったことの始末は、必ず誰かがつけている。
あるいはこうして俺がゴミと格闘したことも、かつて自分がしたことの報いなのかもしれない。

午後9時に久しぶりに人と話す機会があった。
もうだめだ…、という気持ちをうどんとともに腹に流し込み
キーが3つ外れたパソコンを立ち上げた。

冷却ファンの音が部屋に、満ちていく。