もう自分長~く、片思いをしているような状態が続いている。
俺が送らなければ誰からもメッセージなどこないし、ひどいときは俺が発信しても何も帰ってこないことも多い。
新型コロナウイルスが感染拡大し、自粛を強要(?)されているという訳の分からない世の中だけれども、人は自分の好きな人とゆる~く付き合っているんだろうか。
こういうとき、生きているのってめんどくさいし、他者の存在が疎ましいように感じられる。誰かとつながるとき、自分は幸福になるけれど、誰かと離れてしまったときの苦しみはその日ではないくらいに心をむしばむことを知った。
そう、得られる幸福よりも、失う苦しみのほうがでかい。
そう思えば最初から友達やら、恋人やらなんていないほうがいいなんて、恋愛なんてめんどくさいとか、友達なんていらないよとか、そういうセリフ吐くような気持ちが、分かるようになった。
幸いにも、そんな気持ちになったことない人だっているし、親孝行を微笑みながらやろうとしている人だっているし、世の中、どうなってんねんと思うけど、世の中は最初から壊れているようだった。
小さい子供を教えるのはオトナ、親と教師である。
実際、どうだ。
その教師なんて社会全体を見渡してみるとぶっ壊れ職業のうちの一つだ。
給特法というらしい謎の法律のせいで頑張っても頑張っても評価されるのかされないのか分からない状態で働いている。
そして教えるべきとされている何かを教えるらしい。
そして、子供は育ち、実際には求められることはちょっと違うという社会と戦うことになる。
どうやら現実は非常なほうが生きやすい。
切るべきものを切り、見捨てるべきものを見捨てる。
勝つために裏から回り込むこともあれば、性別を武器にすることもある。
権力にすり寄ることも。
ドラマやらで思い切り悪とされる何かが是とされ、見本を示すと自ら言っているオトナでさえ、汚れに汚れた醜態をさらすのだった。
それを見て、もう、俺は
やになっちゃいました。