白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

初めまして転職活動 僕は白みかん

 



人生は終わってくれない。
自分の職業がいったん終わろうが、マンションを追い出されようが
人生は簡単には終わってくれない。
人生100年時代なんて言う言葉は、朗読に閉じ込められる時間が長くなって様なもので
何もうれしくはない…なんていったら医学を進歩させた人々は怒るのだろうか。
健康寿命が延びても既に老いた肉体を保つことに一体何の意味を見出すのだろうか…。

そうして自分は再び職業を得るために動き出した。
いや、動かざるを得なかった。
何にも、なんにでも金がかかる時代である。
もっと、何か自動的にお金を取ってくる仕組みを作れたらいいのだが、現状の自分そこまでの意識があるかといえばそうではない。
学校はそういうウルトラC的なものを獲得させないような精神性を説く場所だし
学生時代も特にそういうセミナーに通っていたわけではないのだった。

やるなら自分で情報を取得しに行くしかない。
それを思えばふっかるとは何てすばらしい言葉なのだろうか。
ふっかるになりたかった。

初めまして転職活動、僕は白みかん。
ブログ上での自分の名前など忘れてしまったけれど
このブログの名前が確か白みかんなので、それでいくことにしよう。

転職活動は人生で初めての経験である。
何というか、何というか、新卒のころの転職活動でも思ったが
俺の経歴というのはなんか社会との適合性が低い気がする。

「何言っているのかよくわからない」

…ため、採用までこぎつけるには相当の努力が必要なのかもしれない。

具体性がないし、自分の能力を客観的に定義づける資格もあまり持っているわけではない。
留学もしていない。

現代就職活動においてあんなに英語の能力について尋ねられるなんて聞いていない。
学校教育ではもっと英語と数学に力を入れるべきではないだろうか。
将来のことを考えるのならば…。

昨日、転職エージェントというのと面談を行った。
毎回の返答に対して「そうなんですね。」と返してくるので
言葉が気になったが、少なくとも自分よりは堂々としていた。
かえって自分の何かを考えるときに目線をそらしてしまう癖が自覚できたというものである。
別に目線をそらそうとそらすまいと、相手から見た観測時間は変わらないので
この行為は意味のないものである。

日本はとにかくガードが堅い。
ウェルカムようこそ日本へ!
などと言っているのは政府くらいのもので
大抵の家やら会社やらは入る前にいくつものガードが存在する。

俺自身もどっちかと言えば潤滑油やら歯車というよりは
薬とか毒とか、そっち系のばくち人材だという自覚はある。

それにしても俺の目指すべき方向性はアプリケーションエンジニア
というらしい。

確かに面白そうではあるのだが
何というか、すごい、きつそうに聞こえる。

実際はどうなんだろうか。
もっとエージェントとやらに聞いてみるべきなんだろうか。

久しぶりに会った高校生の頃の同期が
大学を通してずっとIT系の学びをしていたのを見て
脳を停止させた状態で大学4年間を消化した自分を恥ずかしく思った。

自分の趣味趣向を、自分を見つめるというのは大切なことである。
できるのならばこれから生まれてくる新しい命たちには
自分と向き合う…それはつまり他人とかかわりながら自分の輪郭を浮かび上がらせる機会を
たくさん得られるようにしてあげたいなと思った。