白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

「全然変わってない」

 

その日は4時に目が覚めた。
時計を見ると4時ちょうどだった。
4時44分でもなく4時ちょうどの朝は
いやに目がさえていて、普段ならば二度寝しており、かつてならば平常通りの朝である。
今の自分にとっては珍しい朝だ。

特別やることはなかったが俺は起きた。
何をしようかと迷う。
もそもそ動いているうちに9時ごろになっていた。

その日は神戸の辺境で予定がある。
恐らくもう何度も行くような場所ではない。
行っては一人で帰ってくるその場所はあまりいい印象がない。

勉強に取り組もうかと机に向かった俺だったが
集中してはかえって遅刻するというものだろうと思いなおし
まず現地に向かってから勉強することにした。

思いのほか、早くついてしまった。
しばらく勉強しているとパソコンの電池は瞬く間になくなり、世にもアナログな方法で勉強せざるを得なくなった。
本を読む男の完成である。
イヤホンの電池も、やがて切れてしまった。

「動物園に行っているんだけれど、誘ってもよかったね」

そう言う後輩Aだったが、彼女は恐らくその可能性を考えていないだろう。
俺は彼女を誘うが、彼女は俺を誘わないのだ。
そのことに特に心を痛ませることはないがやや寂しい感覚がなくはなかった。
俺はオレンジジュースを吸い込む。
もう尽きていた。
からからと音を立てからが本番だった。

後ろにいたのは後輩Aと後輩Tだった。
彼女らの動物園は終わったようだった。

もう間もなく終わる学生時代の延長は、依然として古びた建物の中にある。
エレベータを下りてすぐに開放されている受付を直視できなかった。
動揺する。
いつ見てもかつての自分の姿が目に浮かぶような景色には心を揺らされる。

それは無作為に集まった人々の交流会だった。
年齢も性別もバラバラな人間が集められ、そこでは2時間ほど言葉を交わすのだった。

「久しぶり!」

パーマをかけた短髪の男が話しかけてきた。
黒髪の中に金のメッシュが混じっている。
名をタケというらしい彼は俺に対して久しぶりと言った。
彼の顔を見て俺は一瞬東京で出会った彼女同伴男を思い出したが
恐らくタケは彼女同伴男と同一人物ではないだろう。

「え、誰?」

これが職場であれば気まずい顔を隠せないで表面上は隠す俺なのだが
この場所でそんな取り繕う態度をする必要はないと判断して
正直に疑問を口にしてみた。タケはそこまで気にしていなかった。
いちいち顔を覚えてられないのが正直なところだ。

「そのカーディガンでインクを消せばいいんじゃないですか?」

数年ぶりに会ったGが言った。
Gはコープという制度を利用して海外で生活していたらしい。
俺はコープについて知らなかったが彼女がニートになっていたところに共感した。
俺も2年前ニートだったのだからニートがたくさんいるのは安心するのである。
ただそれのニートと彼女のニートはだいぶ質が違うように思えた。
快活な態度のGと違い、俺のニートには身投げのような危うさがあったように思う。
学生時代の自分であれば連絡先の交換なども行っていたかもしれないがもうそんな気にはならなかった。
これもまた、男女の壁か。いや別に男女関係ないだろう。

2時間が過ぎた。
意識しない時間は、あっという間に過ぎる。

「見てます」

中年の男性が話しかけてきた。
彼はピザだった。
正確にはピザと同じ名前をしていた。
彼は俺のことをどこかで知っていたようだ。
俺は「ありがとう」と言った。

俺は解散と言われた後の微妙な空気感がなんとも苦手だった。
解散するのか、残るのか、解散するのか。
俺はどこで残ればいいのか。
うろちょろしていればいいのか。

役割があれば楽になれるものの、この場における役割は、ない。
俺はあたりを眺めていた。

「甘いものを食べに行くよ」

後輩Tが言った。
甘いものか…。
最近高額治療のかいあって、甘いものにも耐性ができつつあると思っていたが
そんなことは夢幻であったことが判明した2月、少しのためらいが生まれる。
だが、肝心なものは食事ではない、肝心なものは空間なのだ。

「その甘いものに、俺たちも混ざっていいかい?」

そこにいたのはタケだった。
タケは邂逅から恐らく2度目であるように思う後輩Tに誘いの言葉を投げた。
俺はそこに干渉することもなく見つめることしかできなかった。

数年前の夏、似たようなことがあった。
中年オヤジ2名が何の給料でもらったかも分からない一眼カメラでパシャパシャと写真を撮っていたのだ。
知り合いでもない、何でもない。
肖像権の侵害である。
もちろん俺を撮影したわけではない。
俺と一緒に歩いていた……………………
俺が混ざっていた…………………………?
集団の一部に俺が紛れていた中の女性陣の浴衣姿を撮影していたのだ。
変態か、こいつら。
そう思いながらもコメントが出てこない。
ここで「チョマテヨ」とでも言えればいいのだが、ほんもののやばいやつに出会ったとき俺は思考停止してしまったのだ。

タケは俺の中でやばいやつだった。

「2人で言ってください」。

タケは断られた。
俺もなぜだか断られる気分になった。
受け入れられても困るのだが、この感情はどういう感情なのだろうか。
俺は1人、目を回していた。
そういえば男性は俺1人だ。
慣れているので別にうれしくも悲しくもない。

「全然変わってない」。

それを言ったのはかつて闘争を繰り広げたNNだった。
全然変わってない。
昔の自分と今の自分は切り離せない。
それは俺にとって呪いだった。

変わっているといわれたかった。

「変わらないね」と言われること
「変わったね」と言われること
どっちがうれしいだろうか。