白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

いつまでも、そういうわけにはいかないでしょう

 

2021年10月。
俺にとって災禍であるといって差し支えないこの月の序盤
俺は滋賀県に向かっていた。

買いたてのサーフェスゴーを鞄に忍ばせていた。
前日にはスーパーで何をしようかと考えてシャボン玉とスケッチブックを大量に購入した。
何をしようか、何をしようか…そして何も当日まで決まらなかった。

新型コロナウイルスによる自粛が始まってから数年。
もはや中学生が高校生になり
高校生が大学生になるくらいには時が流れていた。

もともと引きこもっていた俺にとっては大したダメージはないが
俺にとって存在感のある…例えるならば相関図になるくらいの人たちに
影響があるのは、なんとも嫌な気持ちになる。

目的地は遠かった。
グランピングとは名ばかりの昼の時間を間借りしただけの野外…鉄板やき…。
その駅に降り立った時、ああ田舎だなと思った。
広がるのは潮のにおいがしない湖と空を覆わない建物だけ。
見ようと思えば何キロも先まで目を向けることができた。

最近はリモートワークである。
パソコンの画面の中に広がる世界はどこまでも続いているが
現実ではスクリーンからおよそ数cmのところに目を向け続けているに過ぎない。
俺は自然を体感していた。

久しぶりに会う人間たちの姿があった。

後輩1、後輩2、同期1、後輩3。
後輩3はどこかに行ってしまった。

冒頭、なんだかもう俺はその雰囲気の中に入れなくて
先を歩く彼らの後ろを5歩ほど遅れてついていった。

沈黙。

せっかく会えたというのにこれは…よいのだろうかと思いつつ
どうしてか、体に力が入らなかった。
俺は精神的に死んだ。

次に目が覚めたのはグランピングテントの中だった。
どうも俺はインドアの中に生息する生き物なのかもしれない。
あるいは過去の中の自分が連想されるようで
彼らに罪はないけれど過去からの猛攻撃を受けるのがつらいのかもしれない。

とにかくその場所ではグランピング昼の部…みたいな形で
そこそこ高額をとられるのだけれどいられるのは2時間半という
なんとも中途半端な体験になってしまった。

俺は内心、サービスが足りねえ、とぼやいていた。
彼らはバドミントンを始めていた。
少しずつ俺も彼らとともにいる自分を安定させ始めていた。

そうしてあっという間に日が暮れた。
大したことはしなかった。
1年ぶりに会った者もいたが、やはり大したことはしなかった。

劇的に生きることだけが重要なものではない。

…にしても、たんぱくである。
いや、自分自身が一番たんぱくにふるまっているではないかと
指摘する声も聞こえてきそうだったが…。

夕日が反対の空に落ちていった。
湖の向こうにわずかに届いたオレンジ色の光が
薄暗い青色と混ざって何やら淡いクリーム色に変化していっていた。

記念写真を撮影した。

2021年。

俺は社会人として再びゼロからキャリアを積み上げ始めた。
前よりも想像できないほどに難しそうなキャリアだった。
ジェンガ…の形がすごく複雑なやつ…みたいな…。

これどうやってつかめばいいの…みたいな…。

とにかく俺は不安だった。
そんな不安の中で人間的に支えて信じあえる人がいないのも不安だった。

劇的な、自分とその人にしかないものが欲しいと願っても
そういうものは過去にしかないと
一人帰路について思うのだった。

そういえば電車に最近乗っていなかった。
人と乗るのならば電車も悪くない。

彼らとの距離は縮まっているのだろうか。
恐らく縮まってはいない。
一歩踏み出すべきだろうか。

恐らく俺は何度か踏み出していた。
だが、何も変わらなかった。
何かが…何かが欠けているのかもしれない。