議論には決して強くない。
大学1年生だったころの自分は今は8年前となっており
8年たてば口調も変わるよ、当たり前だよとなってしまわなくもない。
1年生の頃の俺は議論の場になるとぶるぶると震えてしまって
声も震えてしまって、そりゃあもう見るに堪えないような状態だったと思われる。
そうやって8年たってみても、俺は議論に強いわけではなかった。
「ハゲの方は守られていないよな。
LGBTQとかのセクシュアルマイノリティはメディアに守られているのに…」
「いや、そもそもマイノリティじゃないよね、いっぱいいるよね」
俺は一瞬で負けた。
「髪の毛はあってほしいなあ」
何気なく後輩の女の子が言った。
髪の毛…
髪の毛とはいったい何なのか。
何かかみという、頭という部分に
何でこんなにも差が出てくるのだろうか。
父は、あの年齢になってもしっかりとした毛根を持っていた。
祖父もだ。
祖父何て白い立派な髪の毛を蓄えている、羨ましい限りである。
問題は、母親の血だった。
母親め。
どこまでも俺に劣勢な影響を与え続ける。
一体俺のいい部分のどこに母親の影響があるのだろうか。
分からない。
髪の毛はあってほしい。
その言葉の強烈さタルヤ。
俺は正月に一人で鏡を見つめていた。
ハゲの治療を開始してから2年。
改善の予兆が見られなくはないが劇的な改善はない。
2年もたてばその療法でも治らなかったということだ。
先がない。
俺はカウンセリングに出かけた。
あまりハゲには見えない人たちがそこにはいた。
帽子もかぶっていない。
誰もがハゲの予備軍なのだ。
俺はステージ2~3という格好いい名称で呼ばれていたが
要するに結構進んだハゲだということだ。
そこで俺は人生で一番高い買い物をした。
植毛ではなかった。
植毛ではないそれは一体どういう理屈なのか分からない何かで
でも効果はとりあえずあるんだからおすすめだよと言われてた何かだった。
ああ、じゃあやってくれよ、話はそれからさ。
…と、俺は手術台のようなものにのせられていた。
ナンダコレと思っているうちに先生のような人物が現れた。
「イタイト、思ウヨ」
俺は後頭部にメスを入れられた。
そして何かを摘出された。
恐らく毛根…だったのだろうか。
俺の中で毛根といえば、髪の毛を似た時に下のほうにくっつけているアレのことだったが
どうやらあのえぐり方を感じてみると、そうではないようだ、もっと深くの何か…。
俺は叫びだしそうになる思いだったが
それは単なる第一段階に過ぎなかった。
マシンにそれが吸い込まれていく。
この謎の治療というのは、元気な毛根をバラバラにして
弱っている毛根のところに流し込むという
なんともよく分からない治療法だった。
先生は次なる機械を取り出した。
今度は前頭部だ。
「頑張レ」
機械がウィーンとなんとも機械らしい音を立てた。
次の瞬間、俺の頭に穴が開いた。
ぎゃあ、と叫びを上げそうになった。
今までの人生にこんな感触があっただろうか。
これは初めての体験だったが、自分が何をされているのかははっきりわかった。
ドリルである。
皮膚に機械の先端が食い込み、それがなじれを描きながら
深く、いや実際には深くないのだろう、だが俺にとってそれは深く
頭皮をえぐっていった。
それが何回あったのだろうか。
歯を食いしばっているうちに最後の工程らしい。
「イクヨ」
最後に俺の頭の中に何かが入っていって
流れるようにしてドリルでえぐられた場所を渡っていった。
それは最初に摘出された俺の毛根のなれの果てらしかった。
何をされていたのか、よく分からない。
俺の後頭部はかなり出血しているらしく見えており
実際後ろに置いてあったガーゼは血まみれだった。
だが、それも大したけがではないのだろう。
「血が垂れてきたらガーゼで抑えて帰ってください」
助手のような方がそう俺に言った。
ドリルで何かをされた場所を見ると、軽くそこからも血が流れていた。
いったいこれは…?
いったいこれは何なのだろう。
俺は何をされたのだろうか。
俺の人生至上、一番高い買い物が終了した。
あっけないものだった。
そして効果は目に見えないものという。
それでも俺は髪の毛にすがる。
もうちょっと、頑張ってくれと。
俺の2022年の戦いが始まった。