その日はなんだか暑かった。
季節は冬から春へと変わりつつある。
冬用に買った服の数々がついにお蔵入りになろうとしていた。
俺はちょっと無理のあるインナーを着てその上に黒シャツをグレーのジャケットを羽織った。
ベランダに出てみると寒くはなかった。
日差しがうっすらと肌に染み渡る。少し、ひりつくように感じられた。
学生時代のフォーマルな格好は鳴りを潜めて
独り暮らしを始めた俺のクローゼットはカジュアルな服ばかりだった。
今回の出張にはふさわしくない。
そう思えばテーラーズジャケットがなぜ1着、しかもグレーのものしかないのかは不思議になる。
社会人1年目から2年目まではこのフォーマル路線を更に貫いていたはずなのだが。
東京に到着した俺は焦りながらも業務を終えた。
誰が誰だか、相変わらず分からない。
渋谷の街を歩く。
新型コロナウイルス第1波と呼ばれたあの頃、俺は人のいないスクランブル交差点を歩いていた。
あの頃が嘘ようにまたしてもアリの巣のように溢れた人だらけの街をまた俺は歩いていた。
外国人観光客がカメラで何かを撮影している。
彼らは何をそのレンズに映しているのだろうか?
よく通ったあの道を進むとお店にたどり着いた。
それは牛ぐうだったが、俺が行く場所ではなかった。
ああ…。
急遽及びたてしてもうしわけない。
俺はその夜、なんだか気にせずに話した。
少し、話し過ぎたのかもしれない。
翌朝の俺はまたしても重い鞄を持ちながら歩き回った。
その日は…。
その日は…。
その日は…と書き出そうと思ったが
なんだか書く気がうせてしまったらしい。
シャワーでも浴びよう。
またしても日が昇って、また落ちていく。