白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

ここでエンドクレジット流して

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

 

 

人生で記憶に残っている瞬間というのは
生きてきた時間に対応させるとそう多くはない。
人間の脳みそには残っているのかもしれないが
意識的の思い出せるものというのは
本当に印象に残っている一瞬一瞬しかないのだ。

記憶に残っているあの日
あれは東京オリンピックが決まっているか決まっていないのか
よく知らないが人類が気ままに過ごしていたころだった。
2016年。

当時の自分は大学3年生で
それはそれは人生初めて訪れた青春の機会を
逃すまい逃すまいと、必至だった。

初めてのサークル、初めてのバイト
初めての友達、初めての恋人

課題に仲間とともに立ち向かい
それでも足りない部分は親の力を借りて
家族の力も、あらゆる知り合いの力も借りて
そうして俺は課題に立ち向かって、勝利するのだった。

小さい世界だった。
その世界を守るために時間を注いだ日々は
今振り返ってみれば小さい小さい自分が
砂場で妄想にふけっているような子供の遊び場で
やがて来る終わりの日を想像せずに
ぐるぐると、ぐるぐると毎週の活動を繰り返し続けた。

永遠はない。
むしろ、学生が過ごしている数年なんてものは
人生のほんの一部分にしかすぎないのに
その時間はとても長く、長く感じられた。

12月の末。
自分が代表を務めているサークルの
代表としての最後の日がやって来た。

当日の朝まで準備をしていた俺は
起床時間でやらかしていることに気づいた。
最後の最後で…。
俺は走った。
冷たい空気を飲み込んで、駅へ、大学へ。
その一つ一つさえも終わりであることに
恐怖を覚えながら。

最後の活動は、それとなく
気持ちよくも気持ち悪くもなく進んでいった。
分からない。
自分が求めていたことがそこからはすでに失われているような。

冷めたうどんをかき混ぜてあっためようとしているような
そんな手応えのなさが、あった。

 

集合写真を撮影して、建物の外へ出て
最後の挨拶をした。
挨拶は、うまくいかなかった。

冷たい。

なんだか、喪失感にとらわれたほうがいいかなと思って
俺は喪失感にとらわれたような感じで歩いた。

のちに俺を喪失感の渦に堕とすことになる先輩Aが現れて
俺にいくつかの言葉を投げかけた。
俺はその言葉には応じなかった。

12月の空気はすでに冬真っ盛りだった。
俺は最後の活動には参加しなかった2人
親友だと思っていた2人を駅で待っていた。

缶コーヒーのようなものを自動販売機で購入した。
それを飲まずに手を温め続けた。

なんだか…。
これ以上、生きていることに目標を感じない気持ちだった。
俺はサークルに入って自我に目覚めた気がした。
生きていく目標のようなものをそこに見出して
2年後に代表になることを目指して
いろんな場所に自ら足を運び
挫折して、それを乗り越えて、人とつながって…を繰り返した。
世界に当たり前のようにそれをなすことのできる人たちがいる一方
今までの人生で、そういうことを行ってこなかった自分が
初めて、人らしくできたその場所のために生きようと、思っていた。

それが終わった。
夕日が沈み、空に混ざっていた赤色が抜けて
冬らしい深い青に降りてきていた。
依然として、人を待っている俺は
「ここでエンドクレジット流して」と言わざるを得なかった。

これ以上、得るものはない。
これ以上、目を向けるものはない。
ここでこの世界を閉じてくれれば、なんときれいな引き際だろう。
今の俺には友達も恋人も仲間もいる。
そしてやりきった、人生で初めて、何かを最後まで。
ここですべてを終えられるのなら最高じゃないかと。

目の前を電車が過ぎていった。

雪が降りそうなくらいに寒い日だったが
吐いた息が白くなるばかりで、俺がサークルの中で行っていたような
過度な演出はなかった。

今頃、ほかのサークルメンバーたちは
今年最後の飲み会を楽しんでいるころだろう。
そして、自分は…。

2021年。
自分は当時あったはずの友達も恋人も仲間もいない。
無職の期間を1日1日過ごしている。
新型コロナウイルスの自粛など関係なく
特にやることがないから外出しないだけで
自粛に協力という意味では
そのへんの誰よりも、俺は自粛していた。

俺の思っていたことは正しかった。
あそこでエンドクレジットを流してくれていれば
あの瞬間の俺はきっと幸せだっただろう。
実際には人生は続いていく。
そして続いていった。

その翌年にそういった驕りや、自分しか目を向けない怠慢から
自分は恋人を失い
その翌年に喪失感を植え付けられ
その翌年に親友2人を失い
長い不在期間で仲間たちとの交流も失っていった。

あの頃にあった花火も、ケーキも、ない。
笑い声は聞こえず、湧き上がる情動もない。

記憶に残っているあの日は
本当に自分の思い出なのだろうか。
もしかしたら本当に砂遊びをしている自分の妄想ではないだろうか。
手元のパソコンの中にだけ存在する画像データが
その記憶を担保してくれていた。

俺はその記憶を一生忘れないだろう。
その記憶こそが呪いとなって、ずっと苦しんでいる。