白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

「地下アイドルのライブは地下でやるんだ」

外国人の群れをかき分けて進んだ先にあったのは、小さなマンションだった。
共有スペースなるものがWebサイトにあったが、それはむき出しになっており、喫煙所ではタバコを吸ったベヨネッタのような女性が空を見つめて立っていた。

 

喫煙所でタバコを吸っている女性と、それを遠くから眺める黒いリュックを背負った男性


東京の街を歩く時は必ず下げている大きな黒い鞄をもう一度背負いなおして、初めての受付に俺は入った。
これまた海外の女性が受付をしてくれる。
日本はここまで海外の人が多かったのだろうか。

別に海外の人に恨みがあるわけでもないので、悪感情はないのだが
確かにこうなるとグローバル化の波を感じる。
俺の英語力は依然として低水準を保っているのだが、英語の勉強はしていて損はないだろう。
だが、グローバルと言えば英語だけではないのだから、将来的にそれ以外も勉強することになってしまうのだろうか。

随分と狭い部屋に追い込まれた俺は、化粧水のない絶望に打ちひしがれて夜を越した。

 

地下のライブ会場へと続く階段。壁にはポスターが貼られている。

 

「地下アイドルのライブは地下でやるんだ」

翌日訪れた、ちょっとすれた街の一角で俺は呟いていた。
なんだかよく分からない街のなんだかよく分からない階段が地中に伸びている。
壁にはポスターらしきものが貼っている。
地下だ。

一度だけ、ここが聖地のアニメを見たことがある。
だが、特に何の干渉もなかった。

階段を降りると人がひしめき合っていた。
ドリンクを注文して、オレンジジュースを受け取るが
持ってきたペンライトをこれでは触れないと思いなおして俺はジュースを飲み干すことに決めた。

おとといの昼に俺はペンライトを100均で探していた。
本命は鍵につけるワイヤーだったがふと、ペンライトが必要なのではないかと思い直したのだ。
「バイオレット」と書かれた袋を破る。
「バイオレット」って「パープル」とどう違うんだっけ?

ステージに水色と緑の…たぶん
そんな感じの色の2人が表れて、しばらく彼女たちは踊っていた。
彼女たちがステージの際に立つとプレミア席を購入したであろうファンたちが彼女たちに手を伸ばす。
これがDJSODAだったんだ、と俺は思った。

地下アイドルの道は確かに自己承認欲求が満たされるのかもしれなかった。
俺は手首につけたペンライトがパープルというよりもどっちかといえば青色に見えることを気にしていた。

新メンバーである彼女は終盤になって登場し、自分の名乗りをした。
そういえばこの名乗りを前に教えてもらったことがある。
しかしそれが具体的にどういうものだったか、俺には思い出せなかった。
ちゃんと教えてもらえばよかったかもしれない。
パープルは自身の名乗りのタイミングで自分の名前を忘れたのか一瞬フリーズしていた。

 

ステージに立つ5人のアイドル。イメージカラーが紫色の女性にスポットが当たる。

 

彼女はステージで動き、歌った。
何人もメンバーがいると確かに誰が上手くて誰が上手くないのか
…がはっきりとわかってきた。
水色の彼女は確かに中心にいたし、MC的な存在も兼任していたけれど
動きもかなり目立っていた。
脚の上がり方がほかのメンバーとは違うのだ。

しかし回転する動きだけはパープルも負けていなかった。
俺はスマートフォンを取り出して何枚か撮影したが
使い慣れない写真機能では、まったくいい写真が撮れなかった。

アンコールが終わった後、物販には長蛇の列ができていた。

「こういうところにお金を使うのが大事なんだよ」

…と知ったような口をきいた俺に対して

「本当ですよね!」

…と知らないおじさんが返した。
そうですよね、と俺は言った。

ピザ男が「これは楽しかったです!」と言った。
「音源が欲しい」とも言った。

ライブというものに来るのは初めてだった。
テレビ番組で地下アイドルを応援するおじさんの特集を見て
悲哀の情を感じていたけれど、そんなに馬鹿にしたものでもないかもしれない。
少なくとも今の俺にはそこまでの熱がないのだ。

その後、立ち寄ったハンバーガー屋でパーカーを脱ぎ
そのパーカーをそのまま忘れていった。

夜の新大阪駅に吹く風は少しだけ冷たく感じられた。
9月の半ばのことであった。
秋が、近づいていた。

 

夜の都会。一本道を歩く男性の後ろ姿。

 

彼女の選択がよいものであるよう、
少しだけライブを思い返しながら自宅までの10分間、夜の道を歩いた。