白みかん

白みかんは、おいしいみかん。みかんを剥くのがうまいよ。

怠惰なる者

今週のお題「卒業したいもの」

 

 

 



俺は学生時代、ファミレスにクラスメイトと行くという経験を1回もしたことがない。
卒業式の日はもしかしたらそういうこともあったのかもしれないがとにかく俺にそういう話は回ってこなかった。
中学生の卒業式は何の感情も何の感動もないまま終わった。

吐き出されたチューイングガムと唾液にまみれた汚い校舎。
男子生徒の腕に刻まれた押し付けれたたばこの痕。
それを見て見ぬふりをし、笑いに変える教師。
昨日見たアクション映画の真似をして手刀で首を射貫く男子生徒。
その男子生徒を持ち上げる女子生徒。

何もかも好きではなかった。

卒業式の日。
なぜか部活の顧問教師から渡されたのは「お花図鑑」だった。
自分よりも背丈が20㎝ほど小さい小柄の少年は
なぜか一度も帰り道が同じになったことはないというのにその日だけは帰るタイミングが同じになった。

「お花図鑑」が何か分からない俺とは対照的に
少年の手には白くそれでいて無味ではない装飾に彩られた手紙が握られていた。

森岡さんにもらったんだ」

森岡さんとはもちろん仮名だが、クラスメイトでよく本を読んでいる女子生徒の名前だった。
クラスメイトの顔を見たことがない俺も彼女の存在は知っている。
彼女は職業体験で唯一小説家というよく分からない項目に申し込んでいた生徒だった。
よく考えればなぜ小説家が項目として存在したのだろう?
本好きな女子学生が小説家になりたい、というのがなんとも奇妙でいて少しばかりの衝撃を俺の胸に残した。

少年は恥ずかしながらも困ったような顔でその手紙を開いて
そして俺に見せてくれた。
それを俺は見るべきではなかったし、少年は見せるべきではなかった。

「朝教室で掃除をしたり、黒板をきれいにするところをずっと見ていました。
好きです。卒業した後も連絡を取れたら嬉しいです。」

汚らしい校舎に似つかわしくないまとまった文章がそこにはあった。
もちろん原文ママとはいかないが大体このようなことがその手紙には書かれていた。

俺だって掃除をする、どっちかというと掃除時間は長い方だ。
…と思った。

俺は人と人が付き合う、という概念自体は知っていたが
それはドラマの中の出来事であってリアルさを帯びた何かであるということが
やはりイメージできていなかったらしく、その手紙を読んでしまった後のことはもう覚えていない。

怠惰なる者。

卒業したいもの、は怠惰な自分である。

積み上げたものが力に、魅力になるのであれば
圧倒的にほかの人よりも足りないものがいくつもある。
俺は昔から何もできなかった。
詳しく調べたわけではないが少なくとも身体障害はない。
なのにうまく走れない、物を落とす、ぶつかる、など不器用だと言われることが多い。

そうしていつからか、怠惰になった。
どうせ何をしても何も変わらない、自分にできることはない。

身体能力が魅力の半分以上を占める幼少期においてこのビハインドは大きい。
俺は停止した。

そうして精神が停止していても周りの時間は動いている。
俺の体も動いている。

よって、いつからか俺は働いていた。
怠惰なる者は社会で評価されない。
怠惰なる者は周りに置いて行かれる。

受験して、就職して、節目のタイミングで俺は常に置いて行かれていた。
今また置いていかれようとしている。

上を見てもきりがなく
下を見れば常に崖がそこにあるように見える。

まるでテスト前に捗る掃除のごとく自分は怠惰だ。
抜きんでた個性は周囲に潰される。

もう少し何か違っていれば俺は変われたかもしれない。
ただしこの世は不可逆なことも多い。

もう変えられない世界の中に、俺は生きていた。